【記者魂93】記者魂

2015年2月2日

タイトルの「記者魂」はタグの「記者魂」と打ち間違えたと思う方がいるかもしれないが、決して間違えて記した訳ではない。これから記そうとしていることは、ジャーナリストの端くれだった者にとって、これしかタイトルが付けようがないのである。そう、殺害を示唆する画像が流された後藤健二さんに関してだ。

本人の映像とされているため、おそらく既にこの世の人ではないのであろう。イスラム国に対して強く憤るとともに、哀悼の意を表するところである。

一連の報道によると、後藤さんがシリア入りを敢行したことに対して、「自己責任」と批判的な見方が多かった。確かに、ある意味、それは正しいのだろう。危険であるがゆえの渡航中止を振り切って現地に赴いた・・その一点だけ捉えれば、そうなのかもしれない。後藤さん自身が「何か起こっても責任は私にあります」と語ったとも聞く。

しかしながら、単純に「自己責任」の4文字で片づけられる問題ではないと私は思っている。記者という仕事を経験した者の贔屓目だろうと見られても構わない。自分が行かなければならないといった使命感が心の中を支配していたのかもしれないし、本能的に吸い込まれるように行ったかもしれない━━いずれにしても、後藤さんの”記者魂”がそこにあったと感じるからだ。

私は、戦場取材の経験はないし、記者生活の大半を経済畑を歩み、ジャーナリストと名乗る者として、文字通り命を張って取材を行ってきた後藤さんと比較するもの憚られる。お金にまつわる取材もあるため、取材活動において身の危険を感じたことがないとは言わないながら、せいぜい、その筋の人が”絡んだ”といったレベル。それでも「これを書かなきゃ」という、事実、真実を伝えなければ・・端くれだとしても、そのことを強く思いながら仕事をしたものである。

そう、このブログの「真実を発信」もそうだ。読み物としてはつまらないかもしれない。それでも、県政で何が起きているのか・・放っておいては、知られることなく埋もれてしまうかもしれない、本来は県民が知るべきことはないか目を光らせるようにしている。これは選挙時の公約でもあり、それを果たしているだけなのだが、メディアが紙面や放送枠の中で伝えきれなかったニュースの中に大事なものがあるかもしれず、ある種の使命感を持って約4年続けてきた。

まったくレベルが違って恐縮するものの、多くの記者がそうであるように、報道の一線から退いた私も”大切なことを”知らせたいのである。私でなければ、出来ないことなのだ。

何かを伝えたい・・そんな後藤さんの記者魂に改めて敬意を表したい。


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