【記者魂130】敗戦記(2)・・お人好しの独り言

2019年5月6日

私の今回の市川市議会議員選挙における確定得票数は484票である。直近3回の選挙で当落のボーダーが1500票前後であることを踏まえれば、“泡沫”候補の得票数と言っていい。

さすがに、供託金没収の憂き目には遭わなかったものの、情けないことに法定得票数のラインに届かなかった。つまり、何からの不測の事態が訪れても、繰り上がり当選の権利すらない。言い換えれば、制度上「お前は議員としてふさわしくない」と突きつけられてしまったのと同じだ。そうなると引退を決意せざるを得ない。

 選挙戦は告示日までに8~9割は結果が決まっている──そう言われることが多い。その時点で、私は自分の票を800~2000の間と想定していた。レンジが広いのは、初めて臨む市議選は読みづらいと思ったため。ちなみに、800の根拠は、自分のこれまでの支援者や知り合いから思ったほど広がらず、県議時代の”貯金”がなかった場合、2000は”貯金”が残っていた場合と読んだのである。

 市議選鞍替えを決めた時、選挙のプロである議員を含め政治関係者何人かに相談したところ、その中から「そのくらいの規模の選挙なら、素人のフツーのサラリーマンが立候補し、目立った活動もしないで500は獲るだろうが、あんたは何もしないと、県議の実績を加味して700~800ってところ。まあ、実際には活動はするだろうから、そんなことはないだろうが(笑)。でも、市議選はわからんよ」という声があった。

 現実に街を歩いてみたら、印象はとても厳しい──後述するように、かなり支援者が離れていると感じ、厳しい選挙になると覚悟はしていた。

 それでも、500に満たない票数は想定外。選挙のお手伝いをして下さる支援者のほか、親族や友人、子ども達の交友関係、市民活動を通じた仲間──などを含め自然に話せる知人やその家族を含めれば、市内に1500人程度はリアルな“お付き合い”をしている人はいる。それ以外に、名簿、携帯の電話帳やらSNSの友だちまで、知人の枠を広げれば、その数はもっと多くなるだろう。

これを投票率30%で換算すると、その数は500──あくまでも机上の計算だが、知り合い以外に私に入れた人はおらず、浮動票がまったく入っていないとみることも可能だ。

 実際に、過去の選挙で何票かまとめてくれた支持者が「県議だから応援していた。市議は別の人を応援しているので申し訳ない」と断りを入れてきたというのもある。また、頼まれた候補者に家族で票を分けたケースもあるだろう。もちろん、仲が良い知り合いでも、選挙では支援する人は別という人も多い。立候補していることさえ知らない知人もいることも想像に難くない。それらを差し引いても、なんで、これだけ知り合いがいて、この票なのか──やはり広がりを欠いていたのだ。

 「点はたくさんあっても、それを面にしないと市議選は難しい」──そんな指摘もあったが、まさに、その喩えは的確。支持者を繋ぎ止められなかった一方で、点を面に変えられなかったのは、広がらなかったのは、準備不足以外の何物でもない。

 いや、準備していても、わからない・・ということはたくさんあるように思う。長くやっていると、人間不信に陥りそうになる場面はたくさんある。今回の選挙戦を通じて、それを痛いほど感じた。そこを、ぐいぐい突いて行き、厚顔無恥に戦うのが本来の政治家なのかもしれない。私はそれが出来なかった。それでも人間不信にまでならなかった私は、ひと言、政治家向きではないのだろう。

 応援演説してくれた、かつての盟友である川井友則千葉県議は、その演説の中で「水野文也にただ一つ欠点があるとすれば、それは”お人好し”であることです」と語った。長く苦楽を共にしてくれた彼は、私の本質をついていたと思う。そう”お人好し”はこの世界では致命的。それがゆえに、最後はボロボロになってしまった。

現職時代のある経験を記してみよう。同じエリアで犬猿の仲である2人の議員の会合にそれぞれ顔を出したことがある。私は2人とも親交があり、かつ政治的な立場も違う上、2人に対してはそれぞれ「あっちとも付き合っているよ」と言っているので、両方の会合に涼しい顔をして出席した。これが支援者ともなると、そうはいかない。どっちにつくか、この手の会合はある種踏み絵みたいなものだからである。

 ところが、2つの会合に出席して驚いた。いずれも20~30人くらいの出席者で、支援者はガチガチの支援者しか呼んでいないと聞いていたのに、後に行われた会合の出席者に前の会合にも顔を出した人が3人!いずれも、私と顔を合わせると、バツの悪そうな顔をしていた。そのうちの1人は私にこっそり「あっちにも行ったこと、絶対に内緒にしてね」と耳打ちしたのである。耳打ちされるくらいだから、おそらく、犬猿の2人は、二股かけられているとは思いもしなかっただろう。

 こんな話は、1つや2つではなかった。そうした経験を何度もしながら、自分は甘いまま、お人好しのままだった。ベテランで凄腕と思われる議員でさえこんなだから、今思えば、私などとてもとても・・という感じだ。

 実態は、県議時代の“貯金”があるどころか、現職を退いた4年間で草刈場となってしまい“借金”している状態だったのだ。新たに支持者も増えたには増えたが、そこからの広がりも無かったので、敗北は当然の帰結と言える。

 以上のように準備不足、活動不足だけが理由であれば、気持ちの整理はすぐについた。しかし、この票の出方は準備不足、活動不足だけが理由ではない。「県議で実績があり、元ロイター通信記者というキャリアも聞こえがよく、浮動票が取り込みやすい」と言われながらも浮動票が入らない──落選という事実よりも、そのことに大きなショックを受け、政治家として終わったと感じのである。

※長くなり、読みづらいので、多少修正し、アップし直してあります。

(続く)


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