【記者魂132】敗戦記(4)・・無所属で戦うということ

2019年5月7日

 今回の選挙は、県議選出馬で政党からのお誘いがあったが、敢えて無所属で市議選に出馬した。あくまでもお誘いは県議選に関してで、市議選の候補としては一切、声はかかっていない。しかし、地元の身近な諸問題を解決するには、保守だリベラルだと政治的な立ち位置は重要ではない、というより意味をなさないと思っているため、最初に立候補した時のように公募、公認申請など一切行わず、無所属での出馬に踏み切った。

 蛇足ながら、地方選挙において「アベヤメロ!」「憲法改正反対!」などと叫び、有権者に訴えかけるというのはナンセンスだと思っている。地方から、国政の反転攻勢というのも感心しない。県議会、市議会というのは、そもそも地元の諸問題を解決する場であって、たとえば、憲法を議場で論じたところで、何がどう変わる訳でもなく、そうした質問をすること自体、時間の無駄だろう。中央の政局を持ち込むなど論外だろう。

 それでも、地方議会の政治において、政党公認というのは当選を目指す上で、重要なファクターとなる。支持政党がある人の票が、固定票としてカウントできるからだ。とくに、中選挙区で行われる県議選では、政党どうしの争いになるケースが多く、政党の推薦も受けない純粋な無所属で当選することは困難を極める。人の繋がりが重視される市議選では、その限りではないながら、前述した理由から政党公認はプラスに働くのは間違いない。

 ただ、政党公認で戦う場合は、その時々の政党支持率、風に得票が左右されやすい。その点は国政選挙と同じで、直近の国政選挙で追い風が吹いていた政党から公認されれば、有利に戦うことができる。

 私は、最初の選挙で、みんなの党の公認で戦った。感覚的には、一昨年の都議選で大躍進した都民ファーストほどではないにせよ、少なくとも追い風であったのは間違いない。2度目の選挙は、みんなの党が解党したため、政策が近い維新の党から立候補。これは前述したように、維新の党自体に逆風が吹いていた上、旧みんなの党への批判が強かったため、大逆風の選挙となって落選した。

 そして、今回は無所属での立候補──風に左右されることはない一方、頼るのは自分の実力のみである。当然、これまでのように看板がないため、党公認で見込める固定票はまったく計算できない。当然、それを織り込んでの戦いだった。

 しかし、結論から言うと、あの票の出方をみる限り、どの政党(あり得ない公明、共産、社民等を除く)から公認候補として出馬しても、当選ラインに届かなかったと思う。それだけ、政治家として悪いイメージが先行していたと思えてならない。よほど、強い追い風が吹いている政党の看板で戦えば別だが、そうした条件に恵まれない限り、再起は難しいと感じている。

 一度でも、追い風に乗って当選した場合、その反動でその後はとてもきつい。約30分の1まで票が激減したことは極端にせよ、自分は追い風の後の反動を地で行った典型的なケースと言える。

 付け加えると、無所属の選挙は、党公認に比べて著しく不利だ。とくに、国政、県議選では顕著で、政党ビラの有無、選挙カー(党公認なら2台目となる確認団体車の割り当てがある)、公認料の有無──など、公認の有無で運動に差が出てしまう。

 ただ、私個人としては、政党に所属して、自分で思い通り動けなかった経験があり、それに懲りたという面もあった。無所属での出馬は、そうした考えに基づいたものなので、決して後悔はしていない。

 ロンダリングと書いた。それまでの自分のイメージを消し去るだけならまだしも、主義主張までロンダリングして当選しようとする候補者もいる。人それぞれなんだろうが、そこまでして議員になろうとする人は、本当に世の中のためになるのだろうか。私は、ロンダリングをしてまで議員になろうとは思わない。政党ロンダリング、学歴ロンダリング、場合によっては選挙区を替える国替えもロンダリングと言えるだろう。

 ひと言、言わせてもらえば、かつて、みんなの党に所属し、現在は立憲民主党に所属している議員に対して疑問に思う。政策が近い維新や、渡辺元代表をしてアベノミクスはわが党のパクリだと言わしめた自民、そして、保守系議員が多数所属する国民なら理解できる。ところが、立民は完全なリベラル政党で、みんなの党が掲げた自由主義と対極にある政党だ。主義主張はどうでもいいのか?──少なくとも、自由主義者である私は、政治家の矜持として、主義主張を曲げるようなことはしかくない。そうしたロンダリングをして当選しても、自分の考える政策が実現できなくなるからだ。主義主張、やりたい政策がないのなら、その限りではないが・・。

 最初に、無所属で強力なイメージを作って当選したら、自分が不作為をしない限り、そのイメージが保たれる。最初に、政党のイメージを背負って当選したら、政党に吹く風で左右され続ける。私は典型的な後者だった。出発点が否定されたイメージが悪くなり、それが手遅れになるところまで来ていた・・愚かな私は、今回の票の出方をみて、ようやくそこに気付いたのである。

(続く)


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