【記者魂133】敗戦記(最終回)・・されど政策

2019年5月12日

 最後は、少々みっともないかもしれないが、負け犬の遠吠えだ。有権者が一番正しいのだから、何を主張したところで、結果が変わる訳ではない。でも、私に限らず、遠吠えしたい人は少なくないだろう。政策に真摯な姿勢で取組み、世のため人のためになる政策を任期中に実現させた現職・元職で苦杯を舐めた候補者ほど、吼えたくなると思う。一切、語らない方もいるが、私は議員の役割として最も大切な政策について、自分は何をしてきたかを見つめ直すという意味で、遠吠えをすることにした。

 選挙の時に、これまでの実績と称して、たくさんの項目を羅列する候補者が少なくない。自分の経験からすると、本当の意味で政策を実現させるのは10も20も実現するというのは極めて難しいと思う。何期も続けて、全てを記載しているのであれば、その限りではないが、そうした議員であっても、直近の4年間では実績の数は限られてくるはずだ。

 よくいるのは、質問だけを実績にカウントしてしまう議員。プロセスとして、質問をきっかけに議論がなされ、制度が変わる、或いは予算が付いた──これは、間違いなく政策を実現させたということになる。しかし、議場での質問、当局への働きかけをして、何も変わらないのであれば実績とはならない。「検討します」という答弁を引き出すだけでは意味がないのだ。

 問題提起に価値があるとの見方も出てくるだろう。確かにそうだ。しかし、提起するだけなら、別に議員でなくてもできること。批判も同じで、政治家は評論家ではない。必要とする人々のために、制度を作る、改善する、予算を配分する──これが、本来、議員としての実績だ。いわゆる“箱物”を作った議員に批判が集中するケースがあるものの、その可否についての議論は別次元の話で、作った事実は実績に他ならない。

 本当の意味で実績のない議員は、少なくないような気がする。毎朝、駅で街頭活動を行って知名度を高めることに躍起になり、たいして実績がなくても当選してしまう。街頭活動などのパフォーマンスが悪いとは決して言わない。政策もきっちり行い、その上でパフォーマンスもしっかり行う議員も現実にいるからだ。ただ、実際の投票行動は、特定の支持する議員がいない場合、“頼まれた”以外では、“知っている”というのが多いだろう。その人なりの政策をじっくり吟味して選ぶ人が主流でないと思う。新人の場合は、イメージのほか、政策では実績がないので、これまでのキャリアから想定する期待値となろうか。今回の市議選でも、「この人はしっかりやれる」・・そう思った新人候補の方がいて当選した。

 政策を吟味する人が少ないという見方が正しいとしても、私には反省すべき点は多々ある。ひと言で言えば、アピール不足。この点は否めない。現職時代より支援者から「いいことやっているから、もっと関心を引き付けないと」とお叱りを何度も頂戴したこともある。地方政治全体に関心が低いことについても、それを高めるために、もっと工夫すべき部分があったと思う。「政策なんか見ちゃいない」──そうした有権者が多数派であるのは事実としても、それなら自分の実績は見る価値があると、もっともっとアピールしなければならなかったのだ。

 応援演説で、私の過去の実績について触れて頂いたが、その中で自分でも忘れていたものが2、3あった──これには自分でも呆れた。アピールしたい大切なネタを忘れるとは、心がけが悪く、お話にならない。

 じゃあ、お前は県議時代に何をやってきたのか?──と聞かれるだろう。以下に、思いついたものを列挙する。

○森田健作知事をサポートし、各部局の予算において経費の一律10%カット
○千葉県をハラールに関して全国一の先進県に押し上げ
○成田空港の祈祷所の改善などハラール推進
○駐車禁止除外指定車標章の失効後即日交付化
○学童保育に関する予算の増額
○県立中高一貫校の2校目実現
○震災で壊れた赤レンガの屋根を補修

 所属したみんなの党は、行政改革を一丁目一番地の政策として掲げていた。地方議員の多くも、それを看板に戦い当選した議員が多いと思うが、当時、栃木県、神奈川県を除き、都道府県、市町村など各自治体で、ほぼ少数会派。公約通り、行革を実現したところは、極めて少なかったのではないだろうか。

 そんな中、当時の千葉県議員会では、盟友の川井県議、松戸県議とともに経費カットを実現。千葉県知事選において党本部が難色を示す中で、森田知事を推薦することにし、当選後すぐに、経費カットが行われた経緯がある。少数会派が多かった、みんなの党で経費削減が実現した稀有な例だったと思う。

 ハラールはイスラム教の信者(ムスリム)が神から許されたものを意味する。ムスリム、豚を食すこと、飲酒がタブーであることが知られるが、宗教上の制約が多いムスリムが、気持ち良く訪日できるよう、環境を整えることに腐心した。インバウンド政策の一環として、成田空港を擁する千葉県においてハラールを推進することは意義が大きい。私の働きかけで、ハラールのメニュー作りに予算が付いたほか、成田空港の祈祷所が整えられた。ハラールのハンドブックについては、東京都は千葉県がまとめたものを例にして作成するなど、千葉県をハラールの先進県にすることができたのである。国レベルの政策をよく実現させたと思うが、市議に当選できたら、外国人の多い市川でも取り組もうと考えていた。

 これだけのことを県で行ってきたので、市でもやれる──そう思って市議選に臨んだが、まさか、学童保育に関して不要な政策と思う人はいないと考えられるので、私が政策に臨んだ姿勢が全て否定されて484票という泡沫並みの得票数になった訳ではないだろう。単なる私のアピール不足か、それとも、アピールしたところで「政策なんか見ちゃいない」のか、結論づけることができないながら、政策にこだわって取り組んできた者として、後者でないことを切に願う。

 ただ、少なくとも政策だけで選挙には勝てないことだけは確か。やりたいことはいっぱいあったが、有権者に受け入れて貰えなかったことは事実なので、結果を重く受け止め、民間人としてやれることを取り組むよう、気持ちを切り替えることにした。

最後に、議員時代、浪人時代を通じて、迷惑をかけ続けた家族に感謝し、結びとしたい。

(完)


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